神崎美柚の小説置き場。

新しいスマホにやっと慣れてきました……投稿頑張ります

《歪な》運命 第5.5話「おかしな話」sideアキナ

 昨日、案の定放置されていた自殺した女子生徒の部屋に入った。担任の語っていた優秀な生徒というのが本当ならば、整理整頓が行き届いているのがふつうだろう。
 ところが、それとは真逆で、勉強道具だけはきちんと片づいていたのに、それ以外の物が雑多に置かれていた。──壁にはたくさんの新聞の記事もあった。それらは、全てが連続強盗殺人事件の記事だった。
 青少年は名字のないまま、周りに疎まれることなどなく、ここで過ごす。それが裏目にでも出たみたいだ。
 彼女が帰らなかったのは真面目だからではない。汚れてしまうのをおそれたからだ。何とも身勝手だ。

「ん、これは……」

 窓の近くに行くと、そこは血だまりとなっていた。時間が経っている為乾いているが、彼女は飛び降りる前にここで自殺を試みたようた。
 しかし、転がっている安物のナイフの刃を見る限り、血は大量に出せたが死ねきれなかったようだ。そこで確実に即死する飛び降りを選んだわけだ。

「アキナ様、壁に文字が……」
「な……」

 飛び降りる前、書いたのだろうか。窓の側の壁には──『アニノタメニ フクシュウシテヤル』、と血で大胆にかかれていた。

「床に落ちている新聞の切り取りも、どうやらあの連続強盗殺人事件と関連する記事だけのようです」

 学院は新聞を二社から取り寄せている。その新聞だけではなく、この都で一般的な新聞もあった。

「やたらと新聞を集めていると思ったら……」
「まさかあの男の妹だったなんて……」
「……気持ち悪い」

 入り口にいた野次馬、もといクラスメートの貴族達が口々に感想を小さな声で話し出す。一部しか聞き取れなかったけれども、皆、強盗殺人犯の妹だったと知ると、軽蔑の眼差しをおくるようになったみたいだというのは分かる。


 私はその後早々と撤退した。気になったので、今日は奥様との話の後、強盗殺人事件のことも調べようと考えた。
 奥様は泣きながら部屋に入ってきた。
 ソファに座るよう促し、私達はソファに座った。

「夫は無罪ですわ! 」
「根拠がおありで? 」
「これを見て下さい! 」

 見せられたのは学院勢力図。書きかけなのか、空白がある。

「夫はずっと調べていました。学院には何かありそうだ、と私に言ってくれましたもの」
「……それであのとき、積極的に学院長になろうとしたわけですか」
「ええ。夫は追放処分が決まった後、地方にいる貴族相手に酒場をオープンしました。その際、追加情報を仕入れていたのですわ」
「へえ」
「──更に言うならば、夫は殺害されましたの」
「ああ、なるほど。ゆすりをかけたのですね」
「ええ」
「……怪しいのは数名いましたね。中でも大魔女・ムアーナは無表情で、悲しみすらしませんでした」
「ムアーナがまだいるのですか? 」
「みたいですね」

 勢力図は彼が学院長になった30年前からのものだ。この頃からムアーナは教師として教壇に立ち続けている。
 大概の魔女の教師としての寿命は10~20年とされている。それほど厳しく、ムアーナのようにずっと立ち続けているのは本来ならば不可能だ。
 しかし、彼女は大魔女と呼ばれ、尊敬されてきた。魔力は人並み以上なので、教師として活かすのは正解かもしれない。
 すると、目の前の奥様が首を傾げた。

「おかしいわ。彼女、私と5年前に会ったときにそろそろ辞めようかしらって笑っていたはずなのに……」
「その理由は? 」
「体力の限界がそろそろきたみたいだわ、って」
「……そんな嘘を」

 ムアーナはまだまだ元気だ。魔法で若返っているとはいえ、異常とも言えるレベル。
 目の前の奥様は涙を拭い、勢力図の書かれた紙を机の端に寄せる。話題を変えるつもりなのだろう。

「あの、自殺者が出たとは本当でしょうか」
「──ああ、そのことですか」
「はい。夫のいた学院ですので、気になりまして」
「自殺した彼女のお家は機関から、はぐれている貴族でした。そのことが理由であの連続強盗殺人事件の真犯人との争いには負け、再び彼女の兄は犯人にされたところでした。とても悲しんでいたと同時に機関を恨んでいたようですわ」
「あなたはどう思われましたか? 」

 奥様は私をまっすぐに見てきた。流石、聡明なお方だ。学生時代から頭の回る賢いお方だと知られていただけはある。
 私は慎重に答えた。

「もちろん、間違っていると思いましたわ。でも、私は無力です。いくらトップとは言えども、貴族のしきたりには介入できませんから」
「変えるおつもりはありませんのね」
「はい。遺族には申し訳ないと感じております」
「そう。もし、兄まで自殺したらあなたはどうするのかしら」
「──それは」
「ありえないことではないのよ。彼は冤罪にかけられているもの。いつしか心を病むでしょうね」
「ごもっともですわ」

 私は悩んだ。今から裁判所に駆け込んでも遅い。それどころか、私を無能呼ばわりするだろう。
 奥様は勢力図をバッグの中にいれ、静かに立ち上がった。

「あなたには夫の無念をぜひ、晴らしてもらいたいわ」
「はい。そうさせていただきます」
「あと、あの事件も。大きな証拠さえあれば、きっと覆せるわ」

 奥様は笑顔で去った。


『連続強盗殺人事件は主に商人の家が狙われた。3件の事件で殺害された被害者は改革派貴族とは親交があり、それ故に犯人は改革派貴族ではないかと当初から考えられた。しかし、逮捕された男はよりにもよって平民に罪を押し付けたのだ。平民はもちろん無罪を主張している。』

 私はまとめられた文章を読む。内容はかなりひどい。改革派貴族は未だに受け入れてはもらえず、安定した暮らしを望む平民からも嫌われている。この計画都市の何を改革するのか? と多くの人は思っているのだろう。
 外のことを知らない計画都市の住民が昨今は増えてきた。この計画都市の周りはそこそこの都市で囲まれており、平和なのだ。だが、少し先に行けば砂漠があり、未だに苦しい生活の人もいるらしい。学院の二つの支部が中々建たなかったのも、住民がこれ以上苦しめるなと文句を言ったからだったりする。
 改革派貴族は外のことも理解している古株の貴族だ。中には民族的に違うのもいるだろう。
 私はふと、ムアーナと最後に会ったときのことを思い出す。私が機関のトップに就任した50年前だ。私は32歳だったが、ムアーナはあの時何歳だったのだろうか。
 トップ就任時まで機関で共に働いてきたムアーナ。私の父親の急死により私はトップに、ムアーナは働き続け、いつの間にか教師に転身していた。
 あの日、馴染みの酒場で私達は小さな祝杯をあげた。

『アキナ、おめでとう』
『ムアーナ、わざわざありがとうね』
『いいのいいの。これからはアキナ様、だね』
『まだ慣れないなあ……』
『あはは、でも、凄いよ』
『でも、お父さんの仕事を受け継いだだけだから、別に……』
『私もそろそろ研究に打ち込むか何かきちんと決めないとなあ』
『ムアーナは皆から頼りにされているじゃないの』
『そうかな』

 明るくて気さくな人。それが当時のムアーナだった。ムアーナはいつしか、機関に赴くことすらしなくなった。
 私は、ムアーナについてあまり知らない。私が機関に所属した時からいるからかなり高齢でないとおかしい。
 ──一体、何歳なのよ。