神崎美柚の小説置き場。

新しいスマホにやっと慣れてきました……投稿頑張ります

《歪な》運命 第6.5話「秘密」sideアキナ

 私はムアーナの秘密を探るべく、魔法学院を管理する学院管理部を訪れた。唯一機関の敷地外にある組織。アポイントメントは私ですら取りにくい。交渉にかなり時間がかかった。
 出てきたのはここのトップとも呼べる長官だ。

「ムアーナの履歴、ですか」
「はい。もうかなりになるので、気になりまして」
「まあ確かにそうですね。いくら本人の意志とは言っても、何かあれば我々の責任です。なので、幾度となく止めたのですが……本人は頑なに拒みました」
「なるほど」
「これが履歴ですよ。かなり長寿の民族らしくて、もうかなりになるのだとか」
「ふうん」

 履歴書はあちらこちらが空白だった。家族、そして生まれた年。出身地も空白だ。民族も空白。つまり、彼女は機関の誰にも自分のことを教えていないのだ。
 これでよく採用されたな、と思ったが、彼女は魔法学院を卒業する時に《全要素の》魔女として称えられていたから関係がないのだろう。

「履歴書は全く更新しない主義らしくて……困りましたよ、本当に。それにおかしいです」
「私もそう思うわ。更新しないのはおかしい。これ、借りてもかまわないかしら」
「もちろん。12月の更新日まで返して下さいよ」

 かなり寛容だと思った。やはり、彼らもミステリアスなムアーナに困っているのだろう。


 私が戻ったときにはもうティータイムの時間をとっくに過ぎていた。かなり距離があるため、戻るのにも時間がかかるのだ。それを失念していた。

「おや、叔母上」
「──随分暇そうね」
「甥であるこの私をそんな冷たい目で見ないでくれますか!? 」
「どうせまた婚約が失敗するのに、よく頑張るわねって思ったのよ」
「……」
「それと、この時間なのに私の部屋に居座るだなんて。国王補佐官にあるまじき事態よ」
「居座るとは失礼ですね。私は元々、婚約者のエリザのお家を訪問していたんです。でも、その後に叔母上とティータイムを過ごすべく来たらいなかったんです! 」
「待たなくてもいいじゃないの。それに、エリザとティータイムを過ごしてきたら良かったのに」
「愚民がいたんです。そんな場所にはいれません。あと、ユイもいました」
「あらあら。それは気まずいわねえ。今からティータイムする? 」
「はい」

 彼は少し嘘をついている。この私の部屋に来たのは、粗探しのためだ。機関が国を転覆する計画を立てていないか──というのを案じているのだ。
 それが分かるのはなぜか?──ほんの少しだが、部屋の中の書物がずれていたりしているからだ。彼は補佐官としての腕はまだまだだ。
 カモミールティーとお菓子を用意し、ささやかなティータイムを始める。

「あの、叔母上」
「何かしら」
「本日はどちらに」
「学院管理部」
「──用件は」
「ムアーナのこと。見たければどうぞ。あなたも国の役員だものね」
「は、はい」

 渡された履歴書を眺め、彼はすぐに顔をしかめた。ムアーナがどれほど優秀か知らなければこのような反応をするのだろう。
 彼はすぐに履歴書を私に返した。

「よく受かりましたね」
「《全要素の》魔女だもの」
「! 」

 驚きを隠せないという顔をする。まあ、彼の世代では彼女はもう伝説化しているのだろう。
 だが、次の言葉は予想外のものだった。

「──《全要素の》魔女だなんて、ありえませんよ」

 そう言って、ムアーナを嘲り笑う。私は甥に憤りを感じた。それを抑えて質問をする。

「なぜかしら」
「なぜって? 簡単です。彼女は全てを偽っていますから」
「──どういうことなの」
「これ以上は国家機密レベルの秘密です。話せば母上に殺されますね」
「……どうして、王妃である彼女まで」

 私と目の前にいる男の母親の仲は冷え切っている。始まりは婚約話からなのだが、私は姉より先に婚約話を決めてしまった。優柔不断な姉が悪いとは思うのだが、プライドの高い姉は認めなかった。私が先だ、と。
 結局、姉の婚約話が決まり、結婚式も終えた後私と婚約者だった今の夫は結婚した。(夫は困惑していたけどもね)姉は結婚式にも来ず、今も私とは会わない。手紙もやり取りしたくないレベルだ。
 甥はクスリと笑った。どれほど仲が悪いのかを知っているのだ。

「じゃあ、さよなら」


 夕方に屋敷に戻っても、王妃が関わっており、尚且つ国家機密レベルの秘密を抱えているというムアーナの事が気にかかった。
王妃となった姉は、やたらと民族の多いこの国で、以前から気になっていたらしい民族の研究をし出した。確かに、ムアーナの民族欄は空白だ。ぱっと見どこの人なのかも分からない。特徴がない。
 王妃はそのことを調べているのかも知れない。下手すればもう知っているのかも知れない。

「御母様」
「あら、どうしたの」
「先ほどから何か考えておられるようですが、悩み事ですか? 」
「ん、ちょっとね」

 娘は私にそっと食後のアイスティーを持ってきて、机に置いた。相変わらずの無表情だった。
 諜報部隊に入った娘は無表情を極めていた。王宮内では大臣に不気味だと言われてしまわないように、表情を作っているのだとか。
 家では息抜きの為だからと表情筋は基本的に動かさない娘。それでも、優しい。それに甘えて少し質問をしてみた。

「王妃って普段は何しているの? 」
「王妃様は基本的にお部屋に籠もっています。お仕事は何もありませんので、趣味を楽しんでいるようですわ」
「そうなのね。引き籠もりになっちゃったかあ」
「ある意味そうですわね」

 少し笑う。彼女は諜報部隊にいる。深入りすれば、家族とはいえども殺されてしまう。
 私は娘におやすみなさい、と言った。娘もオウム返しのようにおやすみなさい、と言った。
 ──珍しく、笑っていた。

「さて、と。私もアイスティー飲んだら寝なくちゃ」