神崎美柚の小説置き場。

新しいスマホにやっと慣れてきました……投稿頑張ります

《歪な》運命 第8.5話「商人を統べる者」

 家に戻ると、恋人はいなかった。時計を見ると出かけている時間帯だというのが分かった。
 彼女も機関の軍部の人間。なので人付き合いはかなり豊富で、私と休みが被らない休みの日は同じ軍部所属の親友と出掛けるのが常だ。今日は私が出かけたので都合のついた友達と出掛けたのだろう。
 一人だと暇なので、最近手をつけていない書庫の掃除でもしようかと重い腰をあげる。
 ほこりまみれのこの部屋。重要な書物を守るべく、私と同じ一族以外は入れないようになっている。まだ契約を交わしていないので綺麗好きな彼女も入れない。彼女ならば、この部屋を頻繁に掃除したがるだろう。

「……おや? 」

 古代から伝わる書物がごっそりと無くなっていた。盗人が入ったのだろうか。いや、どんな怪盗でも無理だ。つまり、一族の誰かが持ち出したということだ。
 ついでに言うのなら、私が最後に入ったのが2年前。そのあと持ち出したのかもしれないが、既にほこりが積もっていてあたかも最初から何もなかったように見せている。
 犯人探しは困難を極めるだろう。一族は国中に散らばるし、さてどうしたものか。

「書庫の扉を開けたままでどうしたの? 」

 彼女が帰ってきたようだ。入ってはならないのを知っているので、入り口から大声を出している。

「何でもないよ。そうだ、最近、家を訪ねてきた人がいなかったか? 」
「最近というか……3月にあなたのお父さんのお兄さんが来たわよ。書庫に用があったみたいなの」

 犯人があっさりと見つかった。彼は王都にほぼずっといる。ならば明日にでも訪ねてみよう。

 翌日。仕事があったものの、父親にその件を話すと、早く話をつけてこい、と言われた。というか怒られた。
 商人の中の商人。それが父親の兄だ。貴族から平民まで、かなり交遊関係が広い。
 大きな屋敷が王宮の塀の傍にある。門番は私を見ると、驚いた顔をした。私は構わず、話しかける。

「ここの屋敷のご主人であるシェイクワード=マクエル様はいるか? 」
「は、はいっ、呼んで参ります! 」

 慌てながらも片方が呼びにいく。私はもう片方に応接間に案内された。
 こじんまりとした応接間の壁には亡くなった祖父母の肖像画が、年代順に飾られていた。彼らは肖像画の中でも、ずっと厳しい顔つきだ。
 私は幼い頃から二人を間近に感じてきた。私の物事への価値観も祖父が決めた。祖母は私に書物に関する知恵を与えた。

「それに興味があるとは、カシュくんは恨んでいないのかい? 」

 シェイクさんが突然現れた。ここは今でこそ彼の屋敷だが、祖父母が住んでいた所だというのを今更思い出した。
 私はソファに座り、質問に答えるために首をふった。感謝はしているが、恨みはしなかった。

「二人みたいに冷血なんだねえ。感心するよ」
「それよりも、3月に我が家を訪問されたようですが、なにかご用事があったのでしょうか」

 冷やかすかのように拍手を軽くしていたが、質問をするとぴたりと止めた。

「ああ、それなら入学祝を、ね」
「それが本ですか」
「どうせいらないのだろう? 青少年に読んでもらった方が幸せだろう」
「封印していたのに、なぜわざわざ……」
「おや、そうだったのかい? それは知らなかったねえ」

 彼は笑う。どうやら、彼は私の父親に全て押し付けていたようだ。
 祖父母は長男に対してどのような思いだったのだろうか。失敗作だと嘆いたのだろうか。
 祖父はルシュが生まれる1年前に亡くなった。ちなみに私は4歳ながらにしていつ死ぬのか分からない祖父に色々教わった。
 一方の祖母はそれを引き継いだ。カシュに教えそびれたことがある、と祖父が日記に書いていたらしく、祖母は私に教えたのだ。
 ルシュが7歳の時、祖母は一緒に暮らすのをやめ、王都に引き上げた。年寄りには砂漠なんて体に悪いだけとか言っていた。
 去り際に、祖母はルシュを見て鼻で笑った。
 ーーこいつは後継者にはなれない失敗作だ。
 目の前の彼も、きっとそうなのだろう。

「まあ、あの子がやたらと本好きだと聞いたから渡したけど、価値がわかっているみたいだったし、その内返してくれるはずさ」
「その内ではいけないんです。あれは、周りに呪いを、不幸を撒き散らすのですから」
「ほう。まあ、一応言っておこう」

 ──ああ、役立たずだ。