神崎美柚の小説置き場。

新しいスマホにやっと慣れてきました……投稿頑張ります

《歪な》運命 第12話「テスト──貴族クラスの場合」side.エリザ

 私の父親は金の亡者だ。だからこそ、私はあまり好んではいない。しかし、幼い頃、病に倒れた母親はか弱かったけれども、私に寄り添ってくれていた。
 今、目の前にいるマスターもそうだ。

「お嬢様にテストで目立つなと旦那様が忠告なされたのですか? 」
「ええ、そうなのよ。優秀でも、そうじゃなくてもダメなの。社交界に入る上で聡明な女性を父親は望んでいるの。この間婚約を破棄したと思ったら、休暇中に決めてしまうらしいわ」
「おやおや。やたらと長いこと話していたと思ったら、婚約の話ですか」

 墓参りの後、私は皆を慰めたいと思ってお茶会を考えていた。だけれども、父親はそれを止めた。冷たい目で、話がある、と私を呼びつけた。
 婚約を破棄してくれたのは嬉しかった。けれども、相手をまだ探すという。
 ──お前は夫の横で夫を支え続けていればいいんだ。いっそのこと、あの男の仕事を奪っても構わない。お金を手に入れてくれれば、我が家の恥にならない限り何でも良い。
 つまり、お前は大臣になるなと言っているようなものだった。

「お嬢様、明日のテストについて、自信はいかほどですか? 」
「ある、と言ったらダメなのよね」

 窮屈だわ、と私は呟く。今日のテストだって、手を抜いた。分かるけれども、あえてあちらこちらに間違いをちりばめた。
 マスターは私の苦労を分かっているのかいないのか、紅茶を更についでくれた。

 翌日のテストもそれなりに頑張った。私はこの疲れや愚痴を母親に聞いてほしくて、都市の南にある医療センターに向かった。
 あまり行くなと父親に言われているこの場所は、手前には医療センターや商人の子供のための学校といった公共施設があり、奥には商人の住宅街がある。
 貴族である私はとてもじゃないが、医療センター以外には立ち寄れないし、医療センターでも貴族専用の棟以外には行く気すらない。幼い頃から身に付いているから仕方ないとは言え、平民とお話できるようになりたいものだ。
 最上階にある広々とした個室。そこが母親の終の住みかだ。

「お母様、エリザですわ。会わなくなって、久しいですわね」
「……あらまあ、エリザ。どうしたの? 」

 丁度お昼御飯を食べさせてもらっていたようで、私は見たこともないお世話係に睨まれた。けれども、私はそんなことには負けない。
 制止しようとするお世話係の言葉も無視して近寄る。前会ったときに、視界がぼんやりしてきた、と悲しそうに語っていた母親は真新しいメガネをかけていた。
 黙ったまま母親のベッドの横に立つ私を尻目に、お世話係が食事を再開させたものの、数口食べて母親は弱々しく首を振った。お湯で柔らかくした貴族らしからぬ食事は、ほとんど口をつけていなかった。

「ごめんなさい、今日はこれが限界なの」
「いえ……。また明日同じ時間に来ますので」
「ええ、分かりましたわ」

 お世話係がいなくなると、椅子に座るように促された。私が座ると、母親は私の胸に顔から倒れこんできた。私の背中に弱々しいながらも、一応手を回しているので、抱きついているつもりなのだろう。
 しばらくして私から離れると、母親はベッドに横になった。よく見ると、食後にも関わらず顔面蒼白だ。

「ねえ、エリザ。もし、もしなのだけれども、私が死んだらあなたはどうするのかしら」
「え……もちろん、悲しむわ」
「ありがとう、エリザ。……私の命がもう長くないことは、先程の光景からも分かるかしら? 」
「ええ、なんとなく」
「そのことで私のお父様は夫と揉めているの。先にお父様が短命だと聞かされているし、昔から覚悟はあったでしょう? だけれども、夫には無いの。最近狂乱状態で、お父様にすがっているわ。頼むから、妻が亡くなっても縁は切らないで欲しい──って、泣き叫んでいたわ」
「……」

 お母様のお家は王家の分家で、かなりお金がある。お父様はそれ目当てで結婚したのだ。か弱いけれども、自分より先には決して命は落とさないであろうお母様と。
 ところが、私を生んでしばらくすると、異変が現れた。私を生む際にも、生んだ後も、細心の注意を払っていたのに、体調をまた崩した。
体内魔力値。(魔女でなくても、人々は魔力を持つ。その値。)それが異常に低いのが、お母様の欠点だった。30代前半まで生きれる保証はない、と言われてしまうぐらい低かった。
結婚したのが15歳の時、私を生んだのは17歳。今は、ギリギリのラインを越えていつ死ぬのかもわからない。
 お母様はため息をつく。

「私は今33歳。十分過ぎるくらい生きたわ。あなたには申し訳ないくらいなの」
「……でも、お母様」
「私が死んでしまったら、貴族でなくなるかもしれないわ。そうなったら、あなたは一人で、強く生きて」
「……分かったわ」

 包帯を変えるお時間ですよ、とこれまた別のお世話係がやって来た。目くじらをたてられる前に私は退散することにした。

 病院を後にして、中央エリアに向かう。私のお屋敷は東エリアにある。でも、戻る気はない。今日の目的は別にある。
 そのまま北エリアに繋がる唯一の細い道路を歩く。北エリアは手付かずの自然が残っており、尚且つあれがある。
 今では古代魔法と呼ばれている魔法を使う魔女の集まり、テ・アード。教科書では解体されたと書かれているけれども、それは表向きの話。実際、テ・アードはまだこの北エリアにある。

「こんにちは」
「あら、エリザさん」

 にこやかな顔で出迎えてくれたのは古代魔法管理部の代表であるマリーナだ。3年ほど前に貴族なのだけれども、家出をした。私と同い年だから余計に驚いた。そしてその3年後に、つまり今、なぜか代表にまでなった。
 彼女は私を招き入れ、お茶会にしましょう、と他のメンバーに声をかけた。すると、暗かった雰囲気が一気に明るくなった。ああ、なるほどね。この人柄で代表に……。
 マリーナは実家にいた時なら絶対しなかったお茶をいれるということを、自らした。凄い進歩だわ……。

「お仕事はどう? 」
「古代魔法をいまだに無断で使う人がいるから忙しいわ。古代魔女はいいとしても、現代の人が身につけたら危ないというのは分かっているはずなのにね」
「でも、時にはスリルを求めてしまうのが人間だわ。魔力値がほんの少しでも高ければ、古代魔法を扱うことなんて大したことないもの」
「でも、学院の事件は不可解よ。封印したはずの古代魔法が使われているってトップが言っていたの」
「まあそれは……」

 機関がいくら青少年と関わろうとはしなくても、あんな大事件を放置するわけがないだろうと私は思っていた。まさか、テ・アードに頼むとは……。不可解な点が多すぎたからなのか、学院という青少年の学舎が事件現場となったからなのか。──きっと、どちらとも正しい理由だろう。
 それにしても、封印したはず、ということはユイのお家にある書物に封印した古代魔法が使われた痕跡でも見つけれたのだろうか。
 と、そこへ。トップであるナディアさんが現れた。手にはお茶菓子。構成員たちの顔が先程同様、笑顔になった。

「あら、トップ。こんにちは」
「お茶会しているかなって思ってね。ほら、あんた、未だにお菓子のセンスがおかしいから」
「え? そ、そうなのでしょうか? 」
「そうよ。ほら、食べましょう」

 マリーナのお菓子のセンス。私も貴族だから大分おかしいが、マリーナは私より階級が上で、確か王家の娘だ。(ただし継承権は持たない)だから、とんでもないお菓子ばかり出してくる。
 貴族の娘ですら滅多に食べられない珍しいお菓子だとか、年に一度レベルでしか貴族が食べられないお菓子だとか、そういうのをまとめてセンスが悪いとトップは言う。昔は貴族だったらしく、余計腹が立つとのこと。
 トップは私の横に座り、優雅に紅茶を味わいだした。そして、それを見つめる私に突然ぶっ飛んだことを言ってのけた。

「ああ、そうそう。学院の連続殺人事件の犯人分かったから」
「!? 」

 何を言ってるのかしらこの人は。長く生きすぎて頭のネジでも外れたのかしら。

「根拠はあるわよ。封印した本を触れるのは管理している一族のみ。例外として私も認めてほしかったけれども、どの魔女もそれを拒否した。それほど危険だとはその時知ったの。事件現場では寒気もしたし、吐き気もした。あの本が使われたの。それならば学年一位で一族の人間であるユイ=シャラン、彼女が犯人よ」
「……」
「親しいから驚いたでしょう? あの子は静かに狂っているわ。彼女が幼いときに会ったのだけれども、愛読書はかなり難しい理論書だった。当時の王様を侮辱するというあまりにも過激すぎてあっという間に封印されてしまった幻の理論書。それを読んでいたのよ。感想を尋ねたら──『かれはとてもすばらしいひとだわ。こんなにも、まっすぐにひはんしているなんて、なかなかできないことよ』。笑えちゃうわよね」
「……ユイが、」

 確かに彼女はおかしい。お墓参りの時も、冷静にナーシャの泣き顔を観察していた。もらい泣きなどせずに、そこにいた。そういえば、冷たい空気もまとっている気がする。
 シャラン家の人間だとは知っていた。だからと言って関わらないなんて、ありえない。私は貴族皆平等を目指しているのだから。

「まあ貴族だから知っていたかしら? 」
「はい。しかし、そこまで歪んでいたのは知りませんでしたわ」
「ふふ、そうよね」

 トップはそれ以降黙って紅茶を味わい、お茶菓子を時折頬張っていた。3杯程飲み、トップは去っていった。