《歪な》運命 第14.5話「人形造り」side.ヘンリー
「師匠、お手紙です」
「見せてくれ」
「はい」
弟子のシェリルから手渡された手紙は上質な紙を使用していた。それも、魔力値が高い古代魔女が愛用していた紙だ。かなり高度な魔法を使用しても耐えれるようになっており、手紙を一瞬で届ける際に役立っていた。
中身を開けると、見たくもない古代魔女の名前が書かれていた。今まで関わろうとしなかったのになぜ──? 疑問はつきないが、とりあえず内容は読んでおこう。
『ヘンリー=チャリオット様
機関からの召集命令を幾度も無視し、私の名前なんて見たくもない程恨んでるかと思います。それでも、今回の事件について考えてみてはくれないでしょうか。
事件で見つかった死体の一部欠損。しかし犯人は未だ不明。私はこれらを聞いてあなた方を思い出しました。死体の一部を持ち去るなんてあなた方人形師がかつて散々やってきたことですからね。
良い返答を期待しています テ・アードトップ ナディア』
──まさか。わたしは手紙を側にいる弟子に見せようかと考えたが、テ・アードなんて知られては困る。またわたしが追われてしまう。
とりあえずかいつまんで話そう。
「なあ、シェリル」
「何でしょうか、師匠」
「王都の死体欠損事件、身に覚えはあるか」
「……まさか、ティカ様が」
「シェリルは違うのか? 」
「もちろんです! 実は最近、ティカ様がご機嫌なんです。ティカ様は材料が少ないからって大抵不機嫌なので……おかしいなとは思ってました」
「それを報告しろ!」
「でも、私も師匠もこの村からは動けないんですよ!? だから、杞憂だったら……と考えてしまって」
「……まあ、それもそうだな。一応、ティカの様子を見てきてくれないか? 」
「はい!! 」
一人になり、わたしは返事を書く。
『きっと、ティカのしわざ』
それだけ書くと、古代魔法で瞬時に送る。わたしは一応いつでも魔法で連絡が来ていいようにパスを開けておく。
すると、慌てた感じのナディアの声が聞こえてきた。
〔何なの、嫌味? 嫌味なわけ? 〕
「いつもどおりだな、ナディア」
〔200年振りかしら〕
「正確に言うのなら──」
〔はいはい、悠長に話す余裕はないの。妹に感知されたら大事になるんだから。で? ティカが犯人という根拠は? 〕
「この村には人形師がわたしとシェリル、それにティカしかいない。村とも呼べない極限限界集落という状況だ。わたしは君の知ってのとおり足が悪いし、目もほぼ見えない。機関にもずっと追われているから王都には行けないんだ。だから弟子のシェリルに聞いたら、ティカがご機嫌だったのは事件で遺体の一部を手にいれたからだろう、って」
〔で、シェリルの情報から犯人はティカだと特定したのね。あー、まあ、確かに被害者は女性ばかりだもの……マリアには負けるけど、被害者はかなりの美人よ〕
「散々言ったんだがな。現代では実物を使うというのは法に反するみたいだ、と」
〔ティカに法律なんて関係ないわよ〕
ナディアに鼻で笑われた。確かにそうだ。
ティカは現代魔女としては二番目に凄い称号を得たものの、国や機関には忠誠を誓わず、最終的には機関から勝手に出ていった。彼女は、大事なものをこの手に収めていたいの──と、わたしに弟子入りする際に笑って言った。
大事なものとは何だろう、とわたしもシェリルも首を傾げた。だが、ティカはある日突然マリアを連れてきた。マリアが大事なものだというのには寒気を感じた。ティカは学生時代からマリアを良きライバルとして扱っていた、とシェリルから聞いた。──未だにもやもやする。いっそのこと、聞いてみるか。
「なあ、ナディア。一ついいか」
〔何? 〕
「わたしは現代魔女には詳しくない。ティカが凄いらしいというのもシェリルから聞かされたぐらいだ。ティカの良きライバルがマリアだというのも、な。だから教えてほしい。なぜ、ティカは歪んだ愛をマリアに向けるのかを」
〔……それは分からないわ。私は王都に長いこと住んでいるけれど、機関と協力関係を結んだのはティカがいなくなった後だもの。ティカが古代魔女を敵対視していたのは聞かされたけれども、あとは謎よ。アキナもそう言うと思うわ〕
「……そうか」
〔私は古代魔女よ? 現代魔女にはあまり関わりたくないし、それに、天才がかなりひねくれてるのは昔から変わらないだろうから余計に嫌なのよ。ティカやマリアに何かあったなんて、天才ならばきっと分かるはずよ。それじゃあ、また〕
「……ああ、また」
ティカとマリア。この二人の関係性は数少ない純粋な古代魔女の生き残りであるナディアは知らなかった。いや、知りたくなかったから知らないのだ。
そういえば彼女らを題材にした素晴らしい絵画の数々がこの国にはあると聞くが、本はどうなのだろうか。
わたしは杖を用いてなんとか立ち上がり、シェリルの元に向かうことにした。
わたしの最高傑作であり、古くから弟子としてわたしを支えてくれているシェリル。彼女ならば、マリアとティカの関係性を話してくれるだろう。
わたしの屋敷から十五分間ゆっくりと歩いて辿り着いた村の外れ。そこの小屋の中にティカは住んでいる。実はシェリルが共同で住むことを勧めたのだが、やんわりと断って小屋を自ら選んだのだ。わたしにはこれが未だに不思議だ。
扉をノックをし、開ける。不気味な程静まり返っていた。それに、この臭いは──わたしが長いこと使用していないはずの本物の死体からしているように思われる。
もちろん、ティカにも死体はやめておけと散々忠告した。古代魔女を敵視しているのならば、尚更使いたがらないはずだ。
なのに、なぜ──
すると、笑い声と共に奥の方からティカが現れた。
「あら、師匠。珍しいですわねえ」
「……シェリルをここに向かわせたが、もう帰したのか? 」
「まあ、あの子は生身ではない継ぎ接ぎだらけの人形ですから、殺す価値もありません。人形を人形に【転換】するのは無理がありますから」
「ティカ! 話せ! 」
「あらあら、怒らないでくださいな。少し眠っているだけですから」
ティカが足元に転がしていた『何か』にかけていた毛布をはがした。『何か』とはシェリルだった。関節部分から少し血が滲んでいる。
「私の人形造りに役立つわ。繋ぎ方が難しいから、参考にしました。はい、返すわ」
ぶっきらぼうに言うと、シェリルを毛布に包んでわたしに手渡した。シェリルはほとんど人間に近いが、体重は軽い。片手で持てるぐらいだ。
その様子を見てティカは驚くどころか、興味深そうに眺めているだけだった。
わたしは再びゆっくりと家に帰り、今度は自らナディアに連絡を入れた。
「ナディア、大変なことになった」
〔……どうしたの? 〕
「ティカは完全に犯人だ。取り返しのつかないことになってしまった」
〔……つまり、遺体から欲しいパーツを剥ぎ取ったのはティカで、それをやるのは現代では狂人ぐらい、と? 〕
「ああ。黒の魔女が処刑される前ならば別に大丈夫だったが、段々とテ・アードに管理されるようになり、わたしらは生身を使わないと誓った」
〔もし、違反したら? 〕
「残酷な処刑が待っている」
〔……そう。真実が機関に伝われば、ティカは《偉大な》という称号を取り消されてしまいそうね〕
「ああ、間違いなくな」
〔困ったものねえ……〕
珍しくナディアが現代魔女を気にかけている。古代魔女からすれば現代魔女なんて下等生物だし、一部を除いて逆らっても大丈夫な人間だ。ナディアだって、そう考えているはずだ。
暫しの沈黙の後、ナディアは何も言わずに連絡を切ってしまった。そこまで悩むのだろうか。
「おっ、またか」
こんどは手紙が直接わたしの手に収まった。それには、マリアとティカという文章が載っていた。