神崎美柚の小説置き場。

新しいスマホにやっと慣れてきました……投稿頑張ります

《歪な》運命 第9話「無知」side.ノア

 私はいつものようにマスターこと、我が家の私専属執事の所にいた。個人的なことなので今日は個室だ。

「お嬢様。まさかナーシャお嬢様の件で? 」
「ええ、そうよ。まさかまだ魔法について無知な頃から事件が起きるだなんて思わないじゃないの。私だってあまり知識がないから、よく分からないわ」
「まあ、それが一般人です」
「まさか学院の中にいるの? 人格形成失敗者という社会不適合者が」
「もちろん」
「はあ。呆れたわ。で、誰なの? 」

 この国では身分など関係なく、物心がつき、ある程度字の読み書きも出来るようになる5歳までに親がどう育てたのかが重要視されている。とある教授の論文曰く放置すればろくでもないのに育つので、多くの親は躍起になる。
 だが、犯罪者の親の多くは放置していたという調査結果もあるとか。これをなんとかという教育学者が本に著していた。
 私が考え込んでいると、マスターは紙をくれた。

「……」

 書かれていたのは、ユイ。それと数名の先輩の名前だった。

「さらに残酷なことを言うなら、彼女の祖母の姉は古代本のある書庫を守る家に嫁いでいます。ご高齢な彼女とは会っていないでしょうが、未だにその息子とはよく会っているそうです」
「じゃあ、まさか」
「ユイさんは昔から本ばかり読む、貴族の中では特殊なお方だったのです」
「……」

 貴族の子供というのは、いずれ政略結婚させるにしろ、社交的になるよう育てるのが常識だ。だから本ばかり読ませれば、社交的にはならない。周りから浮くばかりだ。
 だが、ユイは本が好きだ。たしかに、部屋の中本棚は溢れており、洋服があまりないのか、クローゼットにいれるほどだ。(それでもギリギリだが)
 私はマスターの言葉に耳を傾けた。

「彼女のご両親は商人の支配者と共に国中を放浪していました。しかし、ユイさんの祖母の姉にあたる方が商人の支配者にご自分の邸宅を譲ってから一変しました。この時、ユイさんは既に5歳でしたが」
「じゃあ、娘を放置していたわけ? 」
「まあ、そういうことになりますね。留守中は祖母の姉に任せきりだったとか」
「……だから、ユイは他人と接することを苦手としているのね」
「ただ、謎なのは祖母の姉は非常に厳格で、躾には厳しいお方だというのに、ユイさんは放置していたということ。いくら妹の孫とはいえ、割りきれるはずがありませんから」

 ユイの祖母が家督を受け継いだ由緒あるお家、それがシャラン家だ。その姉は14歳頃から機関の軍事学校を目指しており、それが結果的に悲劇を生んだと言える。
 マリアとティカに傷つけられた心は癒えず、真っ暗な人生なのだろう。彼女の代わりになることを、なぜ、しなかったのだろうか。

「そういえば、その当人は? 」
「死亡しているのかも分かりません。ひっそり隠居生活していれば、私でも探し当てるのは不可能ですから」
「さすがに無理よねえ」

 私はため息をつく。詳しく聞けば聞くほど、無力なのが悔やまれる。ユイに出来た親友は二人共一般人だ。救うなど無理な話だ。
 マスターは私の大好きなレモネードをそっと置いた。そして、真面目な顔になる。

「救おうなど考えないでください。ナーシャお嬢様は確かに残念でした。でも、あなたはまだ魔法の恐ろしさを知らない。今立ち向かえば間違いなく死ぬでしょう」
「でも、ユイは私の──」
「旦那様との約束、お忘れですか」
「……ええ、そうだったわ。馬鹿だったわ、私。もう安易に動こうとは考えないから、言わないでちょうだい」
「かしこまりました、お嬢様」

 私は昨年、友人のために動き、怪我をした。軽かったが、私のような貴族の少女は宝石の原石とも呼ばれる為、かなり心配された。
 その際、約束をした。もう二度と、友人という存在の為だけに愚かな行動をしないこと。私はお父様と、マスターの目の前で約束した。

「私は、本当に無力なのね」

 小さく呟き、レモネードを飲み干した。

 そのあと、私は学院に戻り、王国史を教えてくれているマレード先生にシャラン家について尋ねた。驚いた顔を少しされたが、貴族は名字というのは隠しても無駄なのだ。だから知っていてもおかしくないんだ、と思ったのか自習室で話すこととなった。

「シャラン家は由緒正しい家柄で、それ故に伝統を守り抜くことを当主は就任式で誓わなければなりません。規則は厳しく、女性は女性らしく、男性は男性らしくを掲げています。先代当主の姉・ミアは軍人を目指していた為、当然家督を継ぐことは許されませんでした」
「では先生、ユイが将来的に継ぐのでしょうか」
「それはまだ分かりませんよ。ユイさんがなりたいかどうかも分かりません。本人は意思表示していませんから。まあ、でもここに入学した以上なりたいとは思っているのでしょうね」
「そうなのですか」
「伝統を守る為、生半可な意思を持った者には継いでほしくないのです」

 そして先生は家系図を取り出した。
 ミア=シャランの嫁いだ方が今では庶民。彼女の孫がこの学院にいるルシュと卒業生のカシュ、それからあと3人。
 一方、ユイの祖母が引き継いだのがシャラン家。家系図を見る限りでは、ユイ以外に5人も孫がいる。

「ユイさんが断れば当主はユイさんの従兄達の誰かが継ぐことになります。その場合、争いが起きるでしょうね」
「ユイならばきっと、その事も考えて進学したんじゃないでしょうか」
「……だといいですけれどね」

 先生は苦い顔になった。