神崎美柚の小説置き場。

新しいスマホにやっと慣れてきました……投稿頑張ります

《歪な》運命 第7話「堕落」sideマリア

 5月中頃。自殺事件の1ヶ月後にあたるこの日、私はルシュに呼ばれ、自習室にいた。
 本来ならば、いつものような楽しい週末を過ごすのだが、先週からルシュは自習ばかりしている。そのことが気にはなっていたけれども、どうして呼び出したりするのだろう。

「ルシュ、私より頭良いのにどうしたの?」
「……そんなことはないさ」

 ただひたすらに暗いルシュ。確かに、最近ではテストの点数が下がっている。
 元々、私とルシュの実力はかなり差があった。でも、長くは続かなかった。とうとう私達より下になってしまった。

「兄も父もよく手紙をくれるんだ。最初は励ましの文章ばかりだったのに、段々とお前も機関の軍事部で活躍できるよう上位を維持しろって……指示するかのような文章になってさ……」

 ルシュのお父さんはとても名の知れた軍人だ。誇り高き家柄を受け継ぐための教育を幼い頃から受けた人で、かなり真面目でお堅いらしい。
 一方のお兄さんもその後を継ぐべく、こちらも頑張っているという。この間、機関の軍事部の補佐官(3番目に高い位)にまで上り詰めたらしい。

「活躍ぶりは新聞を見れば分かるというのに……なぜわざわざ手紙に書くのか、それも分からない」
「ルシュ……」

 ルシュはいつの間にか泣いていた。いつもなら見せない涙。二人きりなので、本音が出てしまったのだろう。

「このままでは、堕落してしまう……! 」
「ルシュ、落ち着いて」

 ルシュは昔からちやほやされてきたのだろう。天才の家系に生まれてきたのだから、当然だ。ルシュの生まれたときには厳格なルシュの祖父は亡くなっていたらしい。だからこそ、ルシュはここまで堕落したのだ。
 ──いや、本人にも問題はある。

「ルシュ、言わせてもらうけども、努力したの? 」
「したさ! 」
「──そうは見えなかったわ」
「……根拠は何だ」
「だって、あなた、うぬぼれているでしょ」
「──!? 」

 入学試験。それは、あくまでも紙の上で受ける、常識にまつわる試験だ。そこで上位を取っても、努力を忘れてしまえばすぐに堕落するのだ。
 ルシュもそうなのだ。私やリナの努力の影で、彼がしていたこと。それは努力ではなかった。
 エリーに聞いたが、昔から努力しないらしく、どちらかと言えば嘲り笑うグループにいたらしい。エリーは幼なじみだから裏切る事なんて出来やしない、と今まで我慢してきたのだ。

「自惚れている……? ハハハッ、兄さんじゃあるまいし、ありえないよ……」

 ルシュの中で何かが崩壊したのだろうか。ルシュは床に座り込み、俯き、独り言を呟いている。
 ──いつの間にか、自習室の入口が開いており、そこにはエリー達が立っていた。エリーは当然のように怒っていたし、あとの二人は信じられないといった顔つきだ。

「エリー……? 」
「明日、あなたのお父様とお兄さまが成績のことであなたと話がしたいそうだから、了承しておいたわ」
「そんな、勝手に……」

 エリーは冷たい声で言い放つと、近づいてからルシュの右頬に一回、左頬に一回、ビンタをくらわした。ルシュは驚いている。

「幼なじみだから、今までずっと、見逃していた。でも、もう、許さない、……許さないんだから」

 エリーはそれを言うと、走り去ってしまった。私はルシュに哀れみの視線を送り、後にした。

 エリーとルシュの父親は昔からの学友だった。そして、エリートの家だった。二人とも、卒業後は軍人の道に進んだ。だが──努力で全てを得た人間と、ほぼ努力無しで全てを得た人間の差はあまりにも大きかったのだ。エリーの父親はすぐに挫折。ルシュの父親は見事に出世した。エリーは近くでその二人を見て育った。ルシュは兄に育てられたという。
 エリーは兄二人のおかげで貧しい暮らしは避けられたが、ルシュの兄によりルシュが勘違いをしていくのを横目で見ることとなってしまった。いや、ルシュが兄の話を単純に都合よく解釈したというのが正しいのかもしれない。
 ともかく、成功しなかった父親に育てられたエリーはまっすぐに育ち、成功した父親と兄に育てられたルシュは歪んでしまった。エリーはこのことを泣きながら話してくれた。

「兄にルシュの事を一度も話さなかったのは、曲がったことが嫌いな兄ならルシュを殺すかもしれないって思ったからなの。あと、それはなくても離されてしまうかもしれないって」
「でも、エリーは嫌いだったんでしょ?」
「あっちがその気だったし、幼馴染なんだから辛いの。もし離れたらどうなっちゃうのかなって」

 エリーは幼馴染という言葉に縛られているようだった。でも、それは過去のことのような気がする。さっきの仕打ちは縛られている人のものではなかった。

「私はね、そんなことを小学生の時は考えていたの。けれども、中学生になって新しく出来た友達はルシュを見るなり『嫌な奴。あんなのとよくいれたよね』って悪態をついたわけ。まあ、確かにそうだよねとは思ったけど、ルシュの目の前だから『幼なじみなんだもん、当然でしょ』って取り繕ったら『偽善者ね、あんたは』とか言われて、何だかすっきりしたの」
「今まで否定されたことがなかったから、ね」

 エリーはゆっくりと頷いた。