神崎美柚の小説置き場。

新しいスマホにやっと慣れてきました……投稿頑張ります

《歪な》運命 11話「テスト──下位クラスの場合」side.ミシェル

 メアリーとセナがなぜか仲良くなり、私は困惑していた。だけれども、マリアの側に行くために黙々と勉強しなければいけなかったからどちらも無視していた。
 クラスで浮いても構わなかった。上位クラスに上がれなければ、実力主義のこの国でも祖母を知るものが笑うだろう。あれの孫娘はバカだ、と。
 私はそうなりたくない。だから、頑張ったのだ。
 一日目の放課後。私は昼食を敢えて外で食べることにした。
 下位クラスでは今、異様な雰囲気が漂っている。セナやマナのこと、そして上位クラスへの憧れ。それらが入り交じり、皆が皆誰でも敵と見なしてくる。余程仲良しでなければ、邪魔者扱いだ。
 メアリーとセナが仲良しになり、私は完全に邪魔者となった。しかも、上位を狙っており、上位に上がれるかもしれない候補の一人だ。当然のことだ。
 本来ならば下位クラスは外出禁止だが、このテスト期間中は出ても構わないとされている。学院は祭りの期間と同じく、ルールが守れるのか試しているに違いない。
 私はそれを理解していたので、機関が認可した安いのが売りなお店に入った。カウンター席に座り、私は大好きなオムライスを頼んだ。

「ねえ……あなた、ミシェル? 」

 隣に座っている女性が話しかけてきた。地味な色のフードを目深に被っており、誰かと思ったが声からしてマナだった。
 周りを軽く、怪しまれないように見渡すと、機関の制服を着た職員や学院の先輩達、もちろん同級生もいた。
 なので、小声で名前を伏せて話を続けた。

「そうだよ。どうしたの? 」
「私、もう、だめなんだ」
「……どういうこと? 」
「最近ね、お薬を飲んでも、傷をつけたくなるの。……セナには会えないよ。謝れないよ。どうしたらいいのかな」

 全身を覆うブカブカの服から少しだけ見えている肌には傷がついていた。見るのも嫌になるぐらい、エグい傷が。

「もしかして、ナイフは……」
「そうだよ。自傷癖があるから持つなとか言われたけれども、ダメなのよ。あの子が」
「落ち着いて。……そろそろ食べ終わらないと。門限があるし」
「ごめんなさい、引き留めて。あの子には謝っておいて欲しいわ。それと、手紙も」

 私に手紙を預けたマナはお金を払うと、フードをしっかりと被り、出ていった。
 ──また会えるといいな。

 2日目も順調に終わった放課後。私はマナからの手紙を渡すことにした。テスト期間中に渡したらマズイだろうと思ったのだ。あとは実技があるだけだから、特に負荷もないはずだ。
 昼食後、私はメアリーに、セナと二人きりで話すことがあるから部屋にはしばらく戻らないように、と言った。
 戻ってきたセナは私を見て目をぱちくりしていたが、すぐに笑顔になった。

「あのね、セナ」
「なあに、ミシェル」
「これ」

 手紙を渡すと、セナは差出人の名前を見ただけで涙ぐんだ。本当に連絡も取っていないらしい。
 セナは手紙を封筒から取りだし、黙読を始めた。──徐々に、顔が青ざめていく。

「セナ? 」
「ごめん、ちょっと出かけるから。門限は守るから、多分! 」

 マナは妹と会いたいのだろうか。そう思っていたとしても、事態は深刻だ。
 数時間後。夕食の時間となったが、セナは戻ってこない。メアリーと久しぶりに二人きりとなる。
マナのことはメアリーには言おうかと考えたが、私の知らない過去もある。本当にメアリーがマナと今でも親友ならば良いのだが、それが過去のこととなると裏切られてしまう恐れもあるのだ。

「複雑だよねえ、マナとセナ。私にもよく分かんないや」
「そうだね」
「親が厳しいっていう噂があるんだよね。魔女になることは幼い頃には確定していたとか」
「まさか、貴族じゃあるまいし」
「あはは、噂だからね、噂」

 突拍子もないことだ、と私は笑った。
 夕食後、私とメアリーはセナを迎えに行った。中々現れなかったが、今まさに門が閉められる、という時にセナは戻ってきた。管理の先生は軽く叱ったが、門限は一応守っているせいか、お咎め無しだった。
 セナは何やら荷物を持っていた。本……かな。

「セナ、お帰り」
「……うん」

 曖昧な返事。どうやらセナは上の空のようだ。
 メアリーはセナに部屋に戻るまでの間、色々と質問をする。大概は適当にあしらわれたが、マナに関する質問になると、セナはメアリーを睨んだ。

「その話、やめて」

 セナの目には、ほんの少し涙が浮かんでいた。

《歪な》運命 10.5話「憔悴」side.ルシュ

 ここ1ヶ月でエリーの態度が完全に友達のものではなくなった。一応幼なじみなので面倒を見てやっているという具合だ。(同じ町の知り合いがほとんどいないせいもあるが)
 俺はテストがほとんどダメだった。人生で初めて、テスト中に、頭が真っ白になった。あとは実技だ。あまり自信がないが、点が足りなければ、さらに追加のテストを受けるはめになり、長期休暇になるギリギリまで先生の元に通わなければならない。それは避けたかった。
 ここで下位に下がれば、幼なじみで大好きなエリーと離れることとなってしまう。それは嫌だ。嫌なのだ。
 昼食を選び、受け取ったあとエリーの方をちらっと見る。マリアが気を使ってか、俺に声をかけようとしたが、エリーが止めた。そして、睨み付けてきた。
 幼い頃からエリーは皆の人気者だった。差別することなく、皆と仲良くしていた。でも、威張る奴は嫌いだとも言っていた。その威張る奴にどうやら俺が含まれていたらしい。あの日から話しかけては来なかったが、ちょっと経ってこう言われた。

『私、あの頃のままのルシュだったなら、今でも好きだったかもしれないね』

 すごく、寂しそうだった。
 ああ、やっと気づけた。自分が原因を作ったんだ。バカだった。

 その日の放課後。珍しく、シュガフが部屋を訪ねてきた。……お昼ご飯の後の勉強は、と聞きたかったが自分がシュガフ以下なのでなにも言えなかった。

「うっわー、広いな」
「……何だいきなり」
「おや、もしかして」
「言うなやめろ」
「まだ何も言ってないのに遮るとは、よほど悪かったと見受けるけど? 」
「……ああ、そうだよ、悪いか? 」
「いやいや。驚きだなあ」
「……」

 シュガフは勝手にベッドに寝転がった。こいつ、居座る気か。

「エリーはさ、ルシュが真面目になるまで許さないって怒っていたよ。呆れているんじゃないみたいだね」
「そうか」
「……まあ、実技もあるし、頑張ろうよ」
「そうだな」
「じゃあお休み」
「おい! 俺の寝床を」

 シュガフはテストに疲れたのか、寝入ってしまった。
 俺は仕方なくソファに横になった。

「ルシュ、起きろよ」
「はっ」

 バッ、と起き上がると、心配そうな顔をしたシュガフの頭とぶつかってしまった。

「あ、すまん」
「そろそろ夕食行こうぜ。女子は外、というかリナの実家で食べるらしいから安心しろ」
「あ、ああ」

 シュガフはあえてここに来たのだろうか。ああ、なんということだ。

 俺達はシュガフが王都巡りの際に見付けたという小さなレストランで食事をすることにした。ちなみに出るときに俺は先生から眉をひそめられたが、シュガフがいるおかげか大丈夫だったようだ。
 理不尽だな、と思いながらも小さなレストランで食事を頼む。シュガフはその量の少なさに驚いていた。

「お前……もっと頼めよ」
「生憎、食欲はほぼないのでね」
「そういえば睡眠欲ばっかだもんな、おめえ」
「うるさい」

 久しぶりに他愛もない会話が弾む。元々上位だったのに、俺が授業についていけなくなってからは寮の部屋でも近い人からは疎まれた。話そうとしても、近づくなと避けられてばかりだった。
 もしかしたらシュガフとの会話はこれで最後かもしれない──そう思ってしまった。

「もし下がったらそんときはそんときだ! な? 」

 シュガフは名一杯励ましてくれた。

 翌日の放課後。担任であるキュオストリーチェ先生(通称・キュオ先生、基礎国学というやたらと難しい選択科目の教師)に呼び出され、俺は職員棟にある会議室にいた。成績のことだろう、とは予想していたが、この先生とはまともに話したことはなく緊張していた。

「リラックスしなさい。別に怒らないわ。というか怒りようがないのだもの」
「……」

 リラックスしてみたが、先生の言葉が刺さった。

「あなたはよくある努力しないタイプの似非天才ね。てんぐちゃんよ、てんぐちゃん」
「て、てんぐ……? 」
「ええと、実技なんだけれども、受けなくていいわ。例え満点でも下位クラス確定よ」
「……」
「私はあなたの授業を受け持っていないから点数だけでしか見れないのだけれども……これはひどいわよ」

 ほらほら、と紙を見せてくる。そこには、一桁の数字が並んでいた。解答はほとんど出来なかった。書けた部分は少なかった。
 ふう、と先生はため息をつく。

「お手紙で保護者に伝えたいのだけれども……どこに送ればいいのかしら? 」
「今は忙しいかと。……母親も読んでくれないと思います」
「あら、そう? 」

 母親とは入学前にケンカをしたきり、会って話してもいない。向こうから拒絶されているのか、手紙は一度もなかった。
 先生は困り果てていた。だが、俺に手紙を押し付けた。

「今すぐあなたは寮の荷物をまとめなさい。夏期休暇中は王都内の宿で住み込みで働いて、少しは常識を身に付けた方が良いわ」
「え? 」
「夏期休暇中の補講は親の許可無しには受けれないのよ。寮の滞在だってそうなのだから。だから出ていきなさいと言っているの」
「で、でも、まだ夏期休暇では──」
「あなたはもうテストを受ける資格もないのよ? 夏期休暇になったも当然。さ、出ていきなさい。もう話はないから」

 最後は冷たく言い放たれた。俺は寮に戻るしかなかった。
 ──外では、久しぶりの雨が降っていた。

 

《歪な》運命 第10話「テスト──上位クラスの場合」

 あっという間にテストの日が来た。ペーパーテストのみを6月の初旬に2日間に分けて行い、そのあとから約一か月、実技のテストを行うのだとか。余程遊び呆けてない限り2週間で実技も終わるでしょう、と先生は笑顔で言った。
 多くの生徒が真剣に先生の言葉を聞いている中、ルシュは猛勉強の疲れか、顔を俯かせていた。

「この間の小テストで悪い点をとった生徒は実技も長引くかもしれないから注意してくださいね。具体的に言うのならば──そう、半分以下の人ですね」

 この言葉にルシュは歯ぎしりを軽くたてていた。

 説明の後、テストが行われた。3教科も続けて行われ、やっと放課後である。
 明日は2教科を行う。私は早々に緊張や疲れをほぐしたかった。
 それはリナ、エリー、そしてシュガフも同じで、私を含めて4人で昼食を食べることにした。ルシュも誘おうとしたが、エリーが断固拒否した。あの日以来、エリーは以前と比べルシュに厳しい。時々話しかけているが、そのときは大概宿題を増やしている。(かなりひどい)
 昼食時、話は、テスト結果発表後訪れる夏休みの過ごし方で盛り上がった。

「テスト終わったらみんなはどうするの? 実家に帰ったりするの? 」
「うーん、私は帰りたいな」
「俺やエリーは難しいかもなあ。俺なんか、砂漠の中だぜ? 夏は帰ってくるなって手紙がわざわざ来たからなあ」
「今年はかなり気候が荒れているみたいだからね。私の家の近くも砂漠からの風が今、嵐みたいに吹き荒れているらしいの」
「あ、じゃあ馬車も動かないの? 」
「うん。気候が少しでも回復したらその隙を狙って機関と王国の軍部が軍用馬車で食料を届けているらしいよ。お母さんも大変だって。帰ったら危険だよって手紙に……」
「へえ。そっかそっか」

 今年は悪天候が砂漠付近の町や村で続き、夏真っ盛りになれば余計ひどくなるだろうと新聞で毎日のように書かれている。私達が帰るのは7月中旬あたりからだ。夏真っ盛りでなくても、恐らく食料問題が生じてしまう。

「じゃあ、マリアの実家に皆で行こうよ」
「賛成!」
「え、ま、まあいいけど……一応確認させてよ」

 私の両親は稼ぎも平均的だし、この人数(しかも男子もいる)を受け入れようとするのか。私は不安だった。

 夕食はリナの提案で彼女の実家で食べることにした。シュガフは、女子会の中には入りたくないかな、と苦笑いを浮かべ私らとは別行動になった。シュガフは先に廊下を走っていった。
 そのシュガフの後ろ姿を見て、エリーは呟いた。

「ルシュにでも会いに行くんでしょうね。あっちは男子会、か」

 少し涙目になったエリー。リナはそれに気づいたのか気づいていないのか、明るい声で早く行こうよ、と言った。
 お店は相変わらず賑やかで、テストの後には最適だった。

「最近、メニューを増やしたみたいだから、余計忙しいの」
「なるほど」

 娘がやってきたのにも気づかずに忙しそうに働くリナの両親。元々は小さな酒場だったらしいが、彼らは娘に楽をさせたくて規模を大きくしたのだとか。凄い人達だ。
 女子会では恋愛トークに花が咲いた。近くの席にカップルがいたからだ。

「ねえねえ、マリア。いい人いないの? 」
「えー、いないよ。そもそも比率からして難しいじゃん。シュガフだって、私達と絡んでいたから男子とはまだ話せていないのに、私達なんてねえ」
「そうじゃなくても、ほら、幼なじみみたいな人とか」
「うーん」

 リナはこの計画都市で育ったから分からないだろうが、私の住む街では学校に行かせるよりも家庭教師を雇う方が安上がりなのだ。しかも男子となると、シュガフやルシュみたいな例外を除いて13から働くか軍事学校に行くことが多い。計画都市のように安定した収入が望めないから、13歳で街を出る人は多い。
 私の同級生に男子はいなかった。まるで女子校だね、とミシェルと中学生の時に笑いながら話したことがあった。
 分かりやすいように言うにはどうしようかと言い澱んでいると、先にエリーが話し出した。

「リナ。地方では計画都市みたいに男女比率は均等じゃないのよ」
「でも隣街は地方じゃないよね? 」
「そうだけど、計画都市みたいに仕事はないの。先代の王が無理矢理近代化して、中途半端にやめたから」
「あー、ごめん、知らなかった」

 今の国王は争い事を嫌う平和主義者だが、先代の王は軍事を拡張し、貧富のない世の中にしようというかなり無茶苦茶な人だった。そのため、計画都市の周りの街を国が整備し、近代化を推し進めた。軍事学校に通うべきだとも通達した。しかし、道半ばで彼は暗殺され、結果として中途半端な改革者となってしまった。今から約20年前の話だ。
 リナはそれをきちんと理解していなかったようだ。

「近代化ということで潰された店が多いのよ。だからマリアのお母さんも稼ぎ少ないんでしょ? 」

「うん。追い出されたとかなんとか言っていたから」

「はい、うちの看板メニュー三人前! ……って、リナじゃないの! 気付かなかったわ」

「お母さんってばもう……」

 楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

 なんと、夕食後に送った手紙の返事は翌日にきた。(いわゆる早朝便に間に合わせたのだから、すごい)今、両親は畑でとれた作物を軍に提供しており、余ることなく逆にお金がいつも以上に潤沢だという。(凄い自慢するような文章だった)いつもならば余ってしまい、ご近所さんを呼んでささやかなパーティーを開いたりする。(それが楽しみでもあったからちょっと残念)
 だからこそ、ギリギリな生活なのだが、今年は助かった。
 そのことを伝えると、驚いた顔をされた。

「えっ、不足分補っているなんて凄いじゃないの」
「余裕あるんだな、この街には出荷していないのか? 」
「あまりしてないよ。お母さんが普段は働いているけれども、生活費がギリギリでね。お父さんが苦しさを少しでも打破できるように近所の皆で共有しよう、ってレベルで畑をほんの少ししているぐらいなの。そこから品質のよい作物は出荷しているけど、ほとんどがお金にならないわけ。それでも、近所皆で共有してパーティーして、凄く楽しいの」
「あー、じゃあ、あの街でマリアは村の近くに住んでいるのね」
「そういうこと」

 リナ以外の二人が首をかしげる。知らなくても当然かな。

「ハークエンの北には小さな村があって、その村との境近くは比較的生活費が安いのよ。お母さんが言っていたの。老後住むならあそこかなあって」
「へえ」
「なるほど。楽しみだな」
「その前に実技テスト、乗り越えなくちゃ。優待生になれなきゃ学院から出れないわよ、シュガフ」
「うっ」
「ま、まあ頑張ろうよ、ね? 」
「うん……」

 ルシュの成績も下がり、そして、何人か辞めてしまった。(物騒だから、とか合わなかった、とか)だから優待生枠には入りやすいが、シュガフは油断するとマズイだろう。
 ちらっとルシュを見ると、どこかさびしげだった。

《歪な》運命 第9.5話「イツワリ」

 私は今日、久しぶりに夢を見た。
 私と両親。三人で幸せそうに暮らす、暖かい夢。ありえもしない夢。
 なぜこんな夢を見たのだろうか。私は愛に飢えてなどいないのに。
 今日はナーシャの一か月忌。エリザからお墓参りに誘われた。だから行くことにした。

「もうすぐテストですわね、エリザ様」
「ええ、そうね」

 貴族にとって、テストなどどうでもよいものだ。(私もすっかり忘れていた)しかし、あまりお金を納められない貴族にとってそれはとてつもなく重要なものになる。
 エリザ様と私、それから数名のクラスメイトで墓地に向かう。ナーシャのお家の墓地は貴族集団墓地の中でも真ん中ぐらいにあった。
 まだ真新しいナーシャのお墓。そこにいたのは、ノアだった。

「あら、ノアじゃないの」
「あっ、エリザ。すみません、ぼうっとしてしまいましたわ」
「いいのよ、気にしていないから」

 ノアの目は真っ赤になっていた。きっと、悲しくて泣いたのだろう。
 ノアが横に退いた後、エリザはナーシャの為にと用意してきたお花を手向ける。

「ナーシャ、きっと、仇は伐つわ」

 ノアや他の数名もエリザに倣い、左足を立てて跪き、胸に右手をそえる。私も、倣う。
 ──その気持ちが、イツワリだとしても。

 数時間後、学院に戻った私達はエリザの屋敷でティーパーティーをしようという話で盛り上がった。しかし、当のエリザが父親に呼ばれ、その話は無しになった。どうやらエリザは婚約について話し合うらしい。
 見送った後、私は一人の端くれ貴族の娘に呼び止められた。暇だったので、彼女からのお茶のお誘いを了承し、彼女の部屋に向かった。

「ユイ様と二人きりだなんて、夢みたいですわ」
「あら、そんなに嬉しいの? 」
「はい! もちろんですわ」

 他愛の無い話は、私の心を暖めてくれた。両親とするお話とは比べ物にならないくらいだった。
 一時間程お茶を楽しみ、別れ際、彼女は寂しそうに話し始めた。

「私、もうすぐ、学院を辞めるのですわ」
「なぜ? まだ、半年も経っていないじゃないの」
「お父様に言われましたの。──婚約者が見つかったから帰ってきなさい、と」
「身勝手すぎるわ。エリザみたいにできないの? 」
「無理なのですわ。お父様は、最初から私を卒業させる気などなかったのですから。ただただ、魔法学院に合格するほどの知能という肩書きが欲しかっただけなのですわ」
「……それは残念ね」
「はい、とても」

 私はそのあと、彼女とわかれた。
 まだ婚約者もいない私は、貴族として、やはりおかしいのだろうか。お父様に、手紙でも書いてみようかしら。

 夕食後。私はとある部屋にいた。
 私はここでまた、人を、殺すのだ。

「やだ、やだ、来ないでよ──」

 叫ばないでよ。逃げないでよ。

「……デュッフェ・サルヘージ」

 あなたを、殺してあげるわ。

 翌朝。昨日お茶をした子が私をわざわざ訪ねてきた。目元には涙が浮かんでいた。

「昨日の殺人事件のことを聞いたらお父様は真っ青になっていましたわ。そして、私に今日帰ってきなさいって……」
「それは残念ね。またいつかお会いしましょう」
「はい、また、いつか……」

 私は見送った後、昨日殺した女子生徒のことを思い出す。そういえば、彼女は貴族の端くれだ。つまり、昨日私とお茶をした子の家とは何らかの繋がりもありえるわけだ。
 まあ、今更悔いることなんて無い。昨日の女子生徒が生意気だったのが悪いのだ。いきなり私をからかうだなんて、貴族の端くれだという現状を理解しなさすぎだ。
 すると、いきなり肩をぽんっ、と叩かれた。振り替えると、そこにはノアがいた。凄いしかめ面だ。

「あなたもエリザに感化されて、あの子と親しくしていたの? 」
「そんなことないわ。昨日、ほんの少しお茶をしただけよ」
「へえ。あなたはあんな夢みたいな理想は信じていないわけね、なるほど」
「ノア? 」
「ううん。何でもないわ。テスト、頑張りましょう」

 ノアは走り去った。私はくすりと笑う。
 エリザの抱く、貴族皆平等は階級を無くすことと同じくらい難しい。だからこそ、それを理想だとか言って非難する貴族は多い。ノアは──状況によって立場を変えるのだろう。
 私は今日は古代魔法の本を読むために部屋に籠ることを決めた。

 古の時代より伝わる古代魔法。それは約200年ほど前、王国の大臣が危険すぎると糾弾し、今ではほとんどが失われてしまった。
 私はそれを全て取得しようと思っている。魔法学院では残念ながら古代魔法に関することは学べないし、教科書にも一切記載されていない。
 だからこそ、この入学祝にもらった本は大助かりだ。結界を作る方法だって記載されている。ああ、次はどうやって殺そうかしら。

《歪な》運命 第9話「無知」side.ノア

 私はいつものようにマスターこと、我が家の私専属執事の所にいた。個人的なことなので今日は個室だ。

「お嬢様。まさかナーシャお嬢様の件で? 」
「ええ、そうよ。まさかまだ魔法について無知な頃から事件が起きるだなんて思わないじゃないの。私だってあまり知識がないから、よく分からないわ」
「まあ、それが一般人です」
「まさか学院の中にいるの? 人格形成失敗者という社会不適合者が」
「もちろん」
「はあ。呆れたわ。で、誰なの? 」

 この国では身分など関係なく、物心がつき、ある程度字の読み書きも出来るようになる5歳までに親がどう育てたのかが重要視されている。とある教授の論文曰く放置すればろくでもないのに育つので、多くの親は躍起になる。
 だが、犯罪者の親の多くは放置していたという調査結果もあるとか。これをなんとかという教育学者が本に著していた。
 私が考え込んでいると、マスターは紙をくれた。

「……」

 書かれていたのは、ユイ。それと数名の先輩の名前だった。

「さらに残酷なことを言うなら、彼女の祖母の姉は古代本のある書庫を守る家に嫁いでいます。ご高齢な彼女とは会っていないでしょうが、未だにその息子とはよく会っているそうです」
「じゃあ、まさか」
「ユイさんは昔から本ばかり読む、貴族の中では特殊なお方だったのです」
「……」

 貴族の子供というのは、いずれ政略結婚させるにしろ、社交的になるよう育てるのが常識だ。だから本ばかり読ませれば、社交的にはならない。周りから浮くばかりだ。
 だが、ユイは本が好きだ。たしかに、部屋の中本棚は溢れており、洋服があまりないのか、クローゼットにいれるほどだ。(それでもギリギリだが)
 私はマスターの言葉に耳を傾けた。

「彼女のご両親は商人の支配者と共に国中を放浪していました。しかし、ユイさんの祖母の姉にあたる方が商人の支配者にご自分の邸宅を譲ってから一変しました。この時、ユイさんは既に5歳でしたが」
「じゃあ、娘を放置していたわけ? 」
「まあ、そういうことになりますね。留守中は祖母の姉に任せきりだったとか」
「……だから、ユイは他人と接することを苦手としているのね」
「ただ、謎なのは祖母の姉は非常に厳格で、躾には厳しいお方だというのに、ユイさんは放置していたということ。いくら妹の孫とはいえ、割りきれるはずがありませんから」

 ユイの祖母が家督を受け継いだ由緒あるお家、それがシャラン家だ。その姉は14歳頃から機関の軍事学校を目指しており、それが結果的に悲劇を生んだと言える。
 マリアとティカに傷つけられた心は癒えず、真っ暗な人生なのだろう。彼女の代わりになることを、なぜ、しなかったのだろうか。

「そういえば、その当人は? 」
「死亡しているのかも分かりません。ひっそり隠居生活していれば、私でも探し当てるのは不可能ですから」
「さすがに無理よねえ」

 私はため息をつく。詳しく聞けば聞くほど、無力なのが悔やまれる。ユイに出来た親友は二人共一般人だ。救うなど無理な話だ。
 マスターは私の大好きなレモネードをそっと置いた。そして、真面目な顔になる。

「救おうなど考えないでください。ナーシャお嬢様は確かに残念でした。でも、あなたはまだ魔法の恐ろしさを知らない。今立ち向かえば間違いなく死ぬでしょう」
「でも、ユイは私の──」
「旦那様との約束、お忘れですか」
「……ええ、そうだったわ。馬鹿だったわ、私。もう安易に動こうとは考えないから、言わないでちょうだい」
「かしこまりました、お嬢様」

 私は昨年、友人のために動き、怪我をした。軽かったが、私のような貴族の少女は宝石の原石とも呼ばれる為、かなり心配された。
 その際、約束をした。もう二度と、友人という存在の為だけに愚かな行動をしないこと。私はお父様と、マスターの目の前で約束した。

「私は、本当に無力なのね」

 小さく呟き、レモネードを飲み干した。

 そのあと、私は学院に戻り、王国史を教えてくれているマレード先生にシャラン家について尋ねた。驚いた顔を少しされたが、貴族は名字というのは隠しても無駄なのだ。だから知っていてもおかしくないんだ、と思ったのか自習室で話すこととなった。

「シャラン家は由緒正しい家柄で、それ故に伝統を守り抜くことを当主は就任式で誓わなければなりません。規則は厳しく、女性は女性らしく、男性は男性らしくを掲げています。先代当主の姉・ミアは軍人を目指していた為、当然家督を継ぐことは許されませんでした」
「では先生、ユイが将来的に継ぐのでしょうか」
「それはまだ分かりませんよ。ユイさんがなりたいかどうかも分かりません。本人は意思表示していませんから。まあ、でもここに入学した以上なりたいとは思っているのでしょうね」
「そうなのですか」
「伝統を守る為、生半可な意思を持った者には継いでほしくないのです」

 そして先生は家系図を取り出した。
 ミア=シャランの嫁いだ方が今では庶民。彼女の孫がこの学院にいるルシュと卒業生のカシュ、それからあと3人。
 一方、ユイの祖母が引き継いだのがシャラン家。家系図を見る限りでは、ユイ以外に5人も孫がいる。

「ユイさんが断れば当主はユイさんの従兄達の誰かが継ぐことになります。その場合、争いが起きるでしょうね」
「ユイならばきっと、その事も考えて進学したんじゃないでしょうか」
「……だといいですけれどね」

 先生は苦い顔になった。

《歪な》運命 第8.5話「商人を統べる者」

 家に戻ると、恋人はいなかった。時計を見ると出かけている時間帯だというのが分かった。
 彼女も機関の軍部の人間。なので人付き合いはかなり豊富で、私と休みが被らない休みの日は同じ軍部所属の親友と出掛けるのが常だ。今日は私が出かけたので都合のついた友達と出掛けたのだろう。
 一人だと暇なので、最近手をつけていない書庫の掃除でもしようかと重い腰をあげる。
 ほこりまみれのこの部屋。重要な書物を守るべく、私と同じ一族以外は入れないようになっている。まだ契約を交わしていないので綺麗好きな彼女も入れない。彼女ならば、この部屋を頻繁に掃除したがるだろう。

「……おや? 」

 古代から伝わる書物がごっそりと無くなっていた。盗人が入ったのだろうか。いや、どんな怪盗でも無理だ。つまり、一族の誰かが持ち出したということだ。
 ついでに言うのなら、私が最後に入ったのが2年前。そのあと持ち出したのかもしれないが、既にほこりが積もっていてあたかも最初から何もなかったように見せている。
 犯人探しは困難を極めるだろう。一族は国中に散らばるし、さてどうしたものか。

「書庫の扉を開けたままでどうしたの? 」

 彼女が帰ってきたようだ。入ってはならないのを知っているので、入り口から大声を出している。

「何でもないよ。そうだ、最近、家を訪ねてきた人がいなかったか? 」
「最近というか……3月にあなたのお父さんのお兄さんが来たわよ。書庫に用があったみたいなの」

 犯人があっさりと見つかった。彼は王都にほぼずっといる。ならば明日にでも訪ねてみよう。

 翌日。仕事があったものの、父親にその件を話すと、早く話をつけてこい、と言われた。というか怒られた。
 商人の中の商人。それが父親の兄だ。貴族から平民まで、かなり交遊関係が広い。
 大きな屋敷が王宮の塀の傍にある。門番は私を見ると、驚いた顔をした。私は構わず、話しかける。

「ここの屋敷のご主人であるシェイクワード=マクエル様はいるか? 」
「は、はいっ、呼んで参ります! 」

 慌てながらも片方が呼びにいく。私はもう片方に応接間に案内された。
 こじんまりとした応接間の壁には亡くなった祖父母の肖像画が、年代順に飾られていた。彼らは肖像画の中でも、ずっと厳しい顔つきだ。
 私は幼い頃から二人を間近に感じてきた。私の物事への価値観も祖父が決めた。祖母は私に書物に関する知恵を与えた。

「それに興味があるとは、カシュくんは恨んでいないのかい? 」

 シェイクさんが突然現れた。ここは今でこそ彼の屋敷だが、祖父母が住んでいた所だというのを今更思い出した。
 私はソファに座り、質問に答えるために首をふった。感謝はしているが、恨みはしなかった。

「二人みたいに冷血なんだねえ。感心するよ」
「それよりも、3月に我が家を訪問されたようですが、なにかご用事があったのでしょうか」

 冷やかすかのように拍手を軽くしていたが、質問をするとぴたりと止めた。

「ああ、それなら入学祝を、ね」
「それが本ですか」
「どうせいらないのだろう? 青少年に読んでもらった方が幸せだろう」
「封印していたのに、なぜわざわざ……」
「おや、そうだったのかい? それは知らなかったねえ」

 彼は笑う。どうやら、彼は私の父親に全て押し付けていたようだ。
 祖父母は長男に対してどのような思いだったのだろうか。失敗作だと嘆いたのだろうか。
 祖父はルシュが生まれる1年前に亡くなった。ちなみに私は4歳ながらにしていつ死ぬのか分からない祖父に色々教わった。
 一方の祖母はそれを引き継いだ。カシュに教えそびれたことがある、と祖父が日記に書いていたらしく、祖母は私に教えたのだ。
 ルシュが7歳の時、祖母は一緒に暮らすのをやめ、王都に引き上げた。年寄りには砂漠なんて体に悪いだけとか言っていた。
 去り際に、祖母はルシュを見て鼻で笑った。
 ーーこいつは後継者にはなれない失敗作だ。
 目の前の彼も、きっとそうなのだろう。

「まあ、あの子がやたらと本好きだと聞いたから渡したけど、価値がわかっているみたいだったし、その内返してくれるはずさ」
「その内ではいけないんです。あれは、周りに呪いを、不幸を撒き散らすのですから」
「ほう。まあ、一応言っておこう」

 ──ああ、役立たずだ。

《歪な》運命 第8話「複雑」sideメアリー

 4月に二人も死んでしまい、次は誰が死ぬのだろうかと私たちは冷や冷やしていた。しかし、死んだ二人とも貴族なので庶民的にはどうでもよくなっていた。
 それよりも、マナとセナ。この二人はどうやら彼氏の事でもめているらしい。マナは切りつけたことも、少し反省しているとは言っていた。だが、謝る気はないらしい。
 授業後、二人は決して部屋に戻らない。門限ぎりぎりまで帰らない。私はそれが心配なのだ。この寮にいる限りは身の安全が保障されるというのに、二人はそれをむげにしている。
 私がうだうだ考えるこの休日。ミシェルもいない。私一人だけだ。
 私は勉強をしたかったが、あの双子を放置するのも気がひけてしまう。それこそ、幼なじみなのだから、私が責任持たなくちゃ。

 「ねえ」

 隣にはエリーがいつの間にかいた。中学生のとき、途中まで親友だった。途中からマナに性格が最低だとか言われたので離れた。今思えば、それはマナが私を独り占めするための嘘だったのだろう。

 彼女は上位クラスだ。休みだからってここに来るのはよくない。私は早々に帰るよう言おうとしたが、遮られた。

「私も暇なの。だからうろついていたら暇そうなメアリーを見つけたわけよ」

 笑顔で言われたので、妥協して私は他人に見られても構わない場所に移動することを提案した。
 魔法学院総合棟。この総合棟は長期休み以外に親や友人などと会いたいと思った時に使われる、いわゆる面会所だ。そこの受け付けに空室を聞くと、今日は一部屋以外空いているとのことなので、1001を使わせてもらうことにした。
 中にあるソファに座るなり、エリーは私の顔を見つめてきた。

「な、何? 」

「いや、マナのこと、謝りたくて。私、中学生のときにマナを怒らせてしまったんだよね。短気すぎるマナも悪かったけど、私も悪かった。だから、その──」
「あのとき縁を切らされたのは二人が喧嘩したからなの? 」
「喧嘩、というかマナの彼氏に告白しただけ」
「……え」

  マナに彼氏だなんて初耳だ。確かに怒る理由としては正統だが、納得がいかない。

「ねえ、マナの彼氏って嘘だよ、それ」

「は? 」
「いやだって……告白しなよって言っても、見つめていたいのって言い返されたもの。彼氏ではない。未来の彼氏よ」
「……」

  エリーが顔を赤くした。あ、怒ってしまった。
 マナは好きな人をストーカーするのが趣味だ。よくないとは分かっていたが、私には諌めることができなかった。怖かったのだ。

 「なら、私、文句言うわ。手紙をあなたに渡すからマナにきちんと渡してね」

  そう言うと、ポシェットから紙とペンを取り出し、書き始めた。
 完成するまで私はエリーのことを振り返ってみた。マナみたいにすぐに不機嫌になることなんてない、いつも明るくて友達に囲まれている人。まさしく、私が必要とする理想の友達だ。
 ──と、エリーは私に丁寧に折り畳んだ紙を渡してきた。笑顔だ。

 「さ、そろそろ寮にもどろうか」

  エリーとわかれた後、私はとりあえずマナを捜すことにした。敷地内からは出れないので、範囲は狭い。

 ……はずなのに。いないのだ。クラスメイトに尋ねたが、あの曲がりきった性格のマナは当然の如く避けられているようで、逆に私が憐れまれた。(取り巻きがマナにはいるが、彼女達に声をかければ大事になりそうなのでやめた)
 夜になれば帰ってくるだろうと私は部屋で待つことにした。だが、帰ってきたのは私服姿のセナとミシェルの二人。

 マナはこの日、帰ってこなかった。

  朝帰りだなんてもっての他だが、学院は気にもとめない。不干渉だからだ。
 かと言ってマナの両親が行方不明だという事実を知ることもない。どうなるのか冷や冷やしながら私はミシェルと二人きりでご飯を食べている。

 「メアリー、心配しすぎだよ。あっという間に試験の日は来ちゃうよ? 」
「うん……」

  ミシェルは明るく振る舞おうとしているし、私を元気にするため必死だ。私はとりあえず笑顔になり、食べ進める。
 と、いつものように遅く起きてきたセナが食堂の入り口でだれかともめだした。

 「あんたなんでしょ!? マナを、行方不明にしたのは! 」
「何のことかしら、マナ信者さん」
「っ! この、悪魔! 」

  マナのいわゆる取り巻きがセナを責めていた。セナは朝食を食べない主義なので、時間は気にしていないらしい。先程から相手をからかっている。

 「第一、あれが私に近づくはずないわよ。私のことを殺したいぐらい憎んでいるのだからね」
「……でも、あなた以外ありえないわ」
「別に疑っても構わないけどね。あ、これ、あれに返しておいてね」

  吐き捨てるように言うと、セナは何かを渡し去った。取り巻きがそれを見てそれぞれ青ざめたり、顔を輝かせたりした。
 私達はこの間に食べ終わり、そっと片付けも済ませた。

 「これ、マナのノート……」
「当人はいないけど、見ちゃダメよ」
「でも、気になるなあ」

  私とミシェルは取り巻きの3人を尻目に立ち去ることにした。

 今日の授業は何の問題もなく進む。マナはまるで最初からいなかったかのように扱われた。
 昼休み。私が立ち上がる前に取り巻き3人組が私にマナのノートを突きつけてきた。座り直し、私は渡されたノートの中を見る。

 「マナがこんなに執念深いなんて知らなかったわ」
「本当……正直、もう近づけるかどうか……」
「ノート見たこと、後悔してるのよ……ごめん」

  友人である私にそれぞれ言葉を発する取り巻き3人組。確かに、これはヤバい。

 『ハーベルクがセナと仲良さ気に話していた。何でなの!? 彼は、私の彼氏なのに! 憎い、憎い! 悪魔みたいなセナが憎い! 死んでしまえ! 』

  これはナイフでセナを傷つける前日に書かれたものだ。マナは感情をコントロール出来ていない。それが分かる。
 取り巻き3人組の中心であるカチェリーが目元に涙を浮かべながら話し始めた。

 「前から異常だとは知っていたの。ハーベルクは私の彼氏となるのよ、と告白する前から自慢ばかりしていたもの……今思えば、なぜそれを受け入れていたのか分からない。メアリーは私のかけがえのない親友だから奪わないでよ、と言っていたのも……」
「え、私が? 」

  私とマナが親友になったのは小学生の時の話だ。それも途中からだ。あちらから話しかけてきた。元々、私はセナと親友だった。あの時のセナは純粋で、姉と仲良くなろうと努力していた。
 そんな二人の関係は私が壊したようなものだった。かなり複雑だったことを知らなかったとは言え、無神経にも、セナのいる場所で二人共親友だよとクラスメイトに話してしまった。そこからだった。マナはセナを避け、セナはそれを受け止めた。
 まさかとは思うが、あの場にマナもいた?
だとしたら……。

 「メアリー、昼休み終わっちゃうよ」

  いつの間にか取り巻き3人はいなくなり、目の前にはセナが、いた。
 驚きのあまりすっとんきょうな声を出してしまい、セナが笑う。

 「私達は親友でしょ? マナの意地悪に付き合っていたのは知っているんだから」
「でも──」
「はい、パン。今から移動したら間に合わないからさ、一緒に食べようよ」
「ありがとう、セナ」

 

 久しぶりに話したはずなのに、セナは私の好みを覚えてくれていた。私が、クリームパンが好きだということを──。